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  • 2017.03.31

GK金沢克彦コラム #139

GK金沢コラム連載第139回!! 「オカダvs柴田は壮大な物語」

柴田語録から読み解くオカダvs柴田のIWGP戦!
 4・9両国国技館でのIWGPヘビー級選手権、オカダ・カズチカvs柴田勝頼戦の機運が想像をはるかに超えた盛り上がりを見せている。もちろん仕掛けるのは挑戦者の柴田、受けて返すのは王者オカダとなるわけだが、この図式は致しかたない。今年に入って、ケニー・オメガ、鈴木みのるを相手に一線を超えつつあるような攻防を展開した末に、最後はきっちりとレインメーカーで引導を渡したオカダ。

 もはや絶対王者であり、新日本プロレスの象徴というよりプロレス界の象徴的存在にまで成り上がったオカダが、倒すべき最大のターゲットとして狙われるのは当然のこと。ただし、それでも今回は特別という感がある。

 挑戦者・柴田が珍しく……というより溜めに溜めていた“言葉”を素で惜しみなく発しはじめたことによって、両選手の闘いの背景に壮大な物語を感じずにはいられない状況となったからだ。
 
 
「男の根性、見せてやる」
「生まれたときから俺は新日本プロレス」


 ことに、柴田が口にしたこの2つのフレーズは強烈だった。柴田が最初に前記の言葉を出したとき、「ああ、アニメのタイガーマスクのテーマ曲の3番の歌詞から拝借したのだろうな」というのはすぐにピンときた。ちなみに、アニメで流れるのは1番と3番の歌。じつは2番は流れていなくて、そこのサビの部分は1番が「正義のパンチをぶちかませ」、2番は「ヤツらの牙を折ってやれ」、3番が「男の根性を見せてやれ」となる。余談だけれど、1番の歌詞は「ルール無用の悪党に、正義のパンチをぶちかませ」となるのだが、当時それを聞くたびに小学生の私は、「プロレスでパンチは反則だよ!」とつねに突っ込みを入れていたものだ(笑)。

 それはともかく、あとになって柴田自身もタイガーマスクの入場曲を聞いていて浮かんだセリフだと答えている。

 そこもまた柴田らしい。根性なんて言葉はいまどきめったに聞くことがない。まさに、死語である。1970年代に流行ったスポ根アニメの世界観であり、40年ほど時代遅れ。ただし、だれかの言葉ではないけれど、時代錯誤は手に負えないけど、時代遅れは格好いい。これも真理だろう。
だいたい、ここ数年、新日本プロレスの象徴的フレーズとして物議を醸した「ストロングスタイル」だって、10年ちょっと前までは完全に死語だった。たとえば、初代タイガーマスクの佐山聡がリアルジャパンプロレスを立ち上げたのは2005年3月。その当時、サムライTVの情報番組で佐山氏と共演した私はこんな会話を交わしたことをはっきりと憶えている。

「佐山さん、リアルジャパンプロレスの理念とは、どのようなものですか?」
「それはボクらが新日本プロレスで猪木さんから学んできたストロングスタイルのプロレスを見せることです」
「佐山さん、すみませんがストロングスタイルというフレーズは完全に死語なんです。最近のファンはその言葉も意味も知りません」
「えっ、そうなんですか? ボクはいまでもプロレスといえばストロングスタイルって、ふつうに出てくるんですけどね」
「はい、そこもまた佐山さんらしくて、逆にいいな、期待が持てるなあと思ってますよ」


 これは作り話でもなんでもない。実際に、その直後に同じくサムライTVの『週刊ゴングTV』という番組のMCを務めたとき、当時レギュラーだった女子プロレスの若手人気選手2名に、「ストロングスタイルって知ってる?」と打ち合わせのときに聞いてみたところ、「それ、どんなスタイルなんですか?」と2人ともまったく知らなかった。知らなかったくせに、初めて聞いたフレーズがツボに入ったのか、番組の本番で2選手は「私たちはストロングスタイルを目指しまーす!」と宣言して、周囲のスタッフから大いに受けていた。

 だから厳密に言うならば、新日本とはストロングスタイルであると設立者のアントニオ猪木が公言していたのは、1970年代のことであり、1980年〜2006年ころまでの約25年間、この表現が使わることはなかった。それを思うと、ここ10年で突然甦りふたたび語られるようになったストロングスタイルという死語が、いまでは海を超え、シンスケ・ナカムラのキャッチコピー「キング・オブ・ストロングスタイル」として米国で商標登録されたのは奇跡的というか驚くべき史実と言えるのかもしれない。

 また、話が壮大に(笑)それてしまったが、根性という言葉をプロレス界に当てはめるならこれもまた1970年代までとなるだろう。新日本創設当初に鬼コーチとして道場で竹刀をふるっていた山本小鉄さんの教えは「根性論」と定義付けされていた。実際に、小鉄さんが「お前ら、根性だ!」と言っていたかどうかは定かではないのだが、そのコーチぶりを一言で表現したものが「根性論」だった。
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